九州芸文館が2013年4月27日開館以来継続している国際交流事業Artist in Residenceは、福岡県、韓国・釜山文化財団、筑後七国、ちくごJR芸術の郷事業団を中心とした多くの関係団体の担当者、選抜されたアーティスト、ボランティアの皆様、そして、ご来館者の皆様によって作り上げられました。
最初の7年間は福岡県、筑後市、釜山文化財団との間で九州芸文館の拠点性や定住促進を視野に入れたアーティストの国際交流事業として企画されました。多くのアーティストが九州芸文館の現代建築空間を活かし、調和した作品の発表が行われ、様々なジャンルのアーティストや美術関係者が交流しました。
6年目から指定管理者のちくごJR芸術の郷事業団が引き継ぐ形となりました。
ちくごJR芸術の郷事業団は、九州芸文館が開館当初より芸術文化を介した様々な事業を行ってきました。構成団体の一つであるNPO法人芸術の森デザイン会議は、芸術文化振興を旨とする法人であり、地域に根ざした会員構成と現役の芸術家や異業種会員のネットワークによって事業構築に寄与してきました。また、日ごろ芸術制作活動を行い発表している法人会員が企画運営担当であり、多くのネットワークの中から適切な情報を活用している事が当該事業を運営する根拠となっています。
韓国・釜山文化財団のホンティーアートセンターは、毎年数人のアーティストの中から選出して頂き九州芸文館に送ってくれました。九州芸文館で滞在し制作・発表を行っています。九州芸文館A.I.Rのアーティストは世界各国から応募してきた中から選抜されたアーティストであり、使用施設は宿泊滞在・制作スタジオ・展示会場を備えた廃施設を改装した高度なアートラボです。このような高度な施設との交流が九州芸文館を取り巻く地域はもとより広域での廃施設利用の機能性を高め、社会問題の解決法としての定着を促進しています。
これらの交流事業は産学連携や美術団体の協力、企画運営に携わる現役作家の高い専門性と運営への深い理解あるスタッフとボランティアが不可欠であり、これらを網羅する指定管理者によって達成されました。
九州芸文館は、今後交流を諮っていく上で、相手国と同等のアートラボ確保、運営人材の育成、展示環境、財源の用意、廃施設活用とのマッチングなど、様々な課題を地域社会に提案していく事が当該事業の価値を生み育てていくと考えています。
最後に、今期の運営に際し、韓国・釜山文化財団の決断と行動に最大の敬意を表します。また、参加した作家三名の制作内容を九州芸文館ホームページ上でのアーカイブス展と記録集によって発表しますので、制作活動の全容をご堪能いただければ幸いです。
九州芸文館
新井毬子Mariko Arai
【1993】東京都目黒区生まれ
【2017】東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業
【2018】アテネ国立芸術大学 交換留学
【2018】公益財団法人江副記念リクルート財団 第47回奨学生
【2021】東京藝術大学大学院美術学部美術研究科油画修了
【2021】
HOMETOWN TOKYO - 東京の故郷性 - /kisoba.tokyo / 東京
東京藝術大学卒業・修了制作展2021 / 東京藝術大学上野キャンパス構内 /東京
【2019】
TEMPO FORTE /在アテネイタリア大使館 / アテネ / ギリシャ
BLANK/アテネ貨幣博物館 / アテネ / ギリシャ
【2018】
Presents its Inaugural Show / alsoknown as./ NY
【2017】
Paranoia / ギャラリーソコソコ/ 横浜
Seeing Through the Garden - 東西の自然観から物語へ - / 引田 / 香川
第3回東京藝術大学平成藝術賞受賞作家展 - 未来の大芸術家たち - / 平成記念美術館ギャラリー / 東京
第65回東京藝術大学卒業・修了作品展 / 東京都美術館 / 東京
【2016】
アートイン湯宿 / ゆじゅく茶屋 / 群馬
【2015】
空中にて展 / アーツ千代田 3331 / 東京
今回の作品は、日本のある限られた土地に生息するカチガラスをモチーフとしています。このカチガラス達は、朝鮮から日本に持ち込まれたという説があり、日本と韓国を繋ぐ要素であると言えます。さらに、アジアでは比較的良いイメージの鳥ですが、西洋では縁起の悪い、不吉な鳥というイメージがあるそうです。日本と韓国、天使と悪魔、自己と他者など様々な相対を包括するメタファーとしてカチガラスを登場させています。鳥の習性から、人間が自身の感情や思いを投影したように、番いで行動し、巣を作り、守るカチガラスに家族においての感情を投影しています。
家族というものは、誰しもが人生を生きる上で切り離せない普遍的なものであり、愛情や憎しみ、懐かしさなどの感情と繋がっています。感情や思いは、異なる誰かに共感を呼び起こし、繋げることが可能です。そして、先人が多くの感情によって引き起こされた情緒を詩や絵で残したように、この全てが移りゆく世界の中で、私は彼ら(先人達)に応答し、作品によって今の地点を記録し、何かを残そうという衝動に動かされています。映像内に流れる歌も同様に、言語や文化が違えど誰しもが情緒を感じ取れ、繋がることができます。今回は異なる人々の話を繋げ、さらには日本と韓国を繋げるメディウムとして作用させています。
福岡県筑後市に住む3名の方々にそれぞれ1時間程のインタビューを行い、家族にまつわるエピソードについてお話を伺いました。そのインタビューの中から、作家である新井が、重要であると思ったフレーズや話を抜粋し、断片的に映像内に盛り込んでいます。それらは時に、脈絡がない、繋がりがないように思えます。しかし、映像や作品には、何かを切り取るという要素が常に存在しており、切り捨てられた、或いは取り残されたものもあるということでもあります。例えば今回のインタビューにおいても、1時間という短い言葉の背景には、その人自身の人生の時間が詰まっているはずです。いわば生きてきた過程によって紡ぎ出された、凝縮された言葉だと言えます。詩は短く抽象的で、全てを言葉にはできませんが、その中で感じ取れる多くの情報があるはずです。
映画や映像を見た時、私はしばしば夢を見たような感覚に陥ります。この作品であなたは、見知らぬ誰かの記憶や、土地の記憶の中で夢の旅をします。そして展覧会場を出て、あなたは日常に戻っていきます。その時、あなたの中には何が残るのでしょうか?体験によって、記憶が蓄積されるように、この作品があなたに忘れられても、どこかに潜んで残ることを願っています。
九州芸文館は、福岡県南部に設置された県南唯一の文化施設で、古来、文化芸術の活動が盛んな地域に、地域の人たちの待望の文化施設として開館し、地域に根差した活動とアジアとの交流を活動の中心にして運営してきて、10年目になりました。
九州芸文館が担っている役割の中でも、国際交流をつかさどる事業は、令和3年度では、「第29回アジア国際美術展」が大きな事業でした。アジア13か国から現代美術家が作品を出品してくださり、コロナ禍のため、関連事業はできませんでしたが、多大な成果があった事業になりました。
九州芸文館の主たる事業として、毎年続けてきました「アーティスト・イン・レジデンス」は、アーティストが国や文化の違いを越え、異国の地域社会に身を置き、異なる文化や歴史の中で、暮らしや人々との交流を通して発創し、滞在制作を行います。市民は、アーティストの制作現場に立ち会い、地域で交流を深め、文化振興に参加しています。九州芸文館は芸術と人との交流を紡いでいます。
九州芸文館は「芸術文化交流施設」であり、多様な芸術文化の交流を、体験を通して情報発信することで「豊かな文化」の創出をめざす「拠点」です。
今年も、アーティトレジデンスが行われる理由として、「持続的な交流」の中で持続可能な社会の循環を模索するものです。これは常に変化し続けるを前提に成り立ち、定説や型にとらわれない「現場主義」です。
アーティストと地域社会が突如出会い、相互に感化し合い、育まれたインスピレーションをもとに制作される作品から社会は何らかの影響を体験し、未来に括かされるアイディアを提案できるものと考えています。
九州芸文館
館長 津留 誠一